　昨年末、アレン・ギンズバーグのThe Fall of AMERICA収録の詩を本人が朗読したCDがリリースされた。CDは、詩集The Fall of AMERICA刊行50周年を祝った詩人自身による朗読と、それに若い世代が音楽を付け、歌を添えたCDだ。　調度、一昨年、ギンズバークの第一詩集Howlの新訳『吠える　その他の詩』が、柴田元幸訳（スイッチ・パブリッシング）で刊行された。Howl（1956年）は、ギンズバーグの処女詩集だ。彼とビート派の詩人達を一躍、世界に知らしめた詩集だ（この新訳Howlに就いては、既に昨年通信で紹介した）。

　思えば、3年ほど前にボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した際、アレン・ギンズバーグが存命なら、彼にこそノーベル文学賞が与えられていたと思った。恐らく、ボブ・ディランもそのことを分かっているに違い無い。昔から、ギンズバーグとディランは、兄と弟の様に親密だった。そんな二人の交流は、ディランの映画「ドント・ルックバック」に髯モジャのギンズバーグの姿が映っていることからも、良く分かる。また、70年代の大ツアー、ローリング・サンダー・レヴィユーにも、大学教授風なギンズバークの姿があった。

　CDに収録されたの詩集The Fall of AMERICAからの朗読は、そのやや甲高い声のトーンから、詩集発表当時になされていた朗読の様な気がする。朗読に附けられた音楽が控えめなのは、ギンズバーグの生〈なま〉の声を生かしているからだろう。1979年のGateが渋い声のパフォーマンスだったことに比べて、このCDのやや甲高い声を聴いていると、晩年の渋い声とは、また一味違う優しさ感じられ、このCDでもこころが癒されて来る感覚がある。

　ギンズバーグHowlの朗読CDと同時期にThe Beatles and INDIA と言うCDもリリースされた。このCDは、1968年、ビートルズのメンバー4人と、取り巻きらが大挙してインドを訪れた際の記録映像を編集した映画のサントラ盤としてリリースされている。このCD.1に、映画に附けられたサウンドトラック、CD.2に、現在活躍のインド系ミュージシャン達が、ビートルズ・ナンバーをカバーしたディスクだ。ビートルズがインドにインスパイアして作ったた楽曲を、現在のインド人ミュージシャンがカバーするとどんな音楽になるのか、The Beatles and INDIAを聴いて、確かめたかったのだ。

　

　CDを入手して半月ほどして、The Beatles and INDIAがBSで放映され、それを、京都近郊に住んでいる兄がDVDにダヴィングしておれの処へ送ってくれた。ところが、PCで再生しようとしたが、禁足がかかり解読出来なかった。また、DVDプレーヤーでも見ることが出来なかった。この通信を書くについて映像を見ておけばみなさんの参考にもなると思ったが、残念ながら出来なかったのだ。SNSが普及した現在、どんなコンテンツもあっという間にネットに流れるのを、やはりそこは、確りガードして、きちんと料金を取る、当たり前の資本主義が通されている。

　映画の『レット・イット・ビー』でも一部分観ることの出来る、アップル社屋上のコンサートも50年経過して、『ルーフ・トップ・コンサート』として劇場で、この時期上映され、DVDにもなっている。要するに、二本とも映画でもDVDでも、お金さえ出せば、観ることが出来る分けだ。おれとしては、これを機にThe Beatles and INDIAの映像に関しては、吹っ切れた。
　インドへビートルズが訪れたのは、既に50年前のことだ。特に4人は、リシケシとヴァラナシ辺りにしか、滞在はしていないだろう。彼らの忙しさからして、インドなんかには、そう長く滞在は出来なかったはずだ。当時の写真で、クルタ・パジャマ（インド服）姿のジョンやジョージ達の写真は、見慣れている。マハリシのアシュラムで曲作りをしているところも写真が残されている。ビートルズのインドでの様子について、おれはそれだけで充分だ。
　The Beatles and INDIAの映像に附けられたサントラCDは、ビートルズの楽曲とは別に当時の映像に附けられた音楽だ。ビートルズ・ナンバーを、現代のインド人のミュージシャンがカバーするとどうなるのか、かなり期待して聴いた。本命のインド人ミュージシャンによるビートルズ楽曲のカバーは、もともとビートルズが、かつてインド音楽にインスパイアされシタールやタブラを楽曲に採り入れられたナンバーと共に、良く知られていて全くインド色などないナンバーも合わせて、全19曲収録されている。かつてインド音楽を採り入れて作ったTomorrou never knowsを最初に、ジョージ・ハリスンのThe Inner lightなど、インド音楽のテイストは、さすがインド人ミュージシャンだけあってお手の物だ。しかし、どの楽曲も、現在聴くと普通のポピュラー・サウンドに聞こえる。

　かつて、ビートルズがインド音楽を採り入れた時、われわれ聴衆は、インド音楽など知らなかった。ビートルズによってインド音楽に出会った時の衝撃は、とても強烈だった。その衝撃を抱いて現代のカバーを聴くと、期待は打ち砕かれた。ビートルズは、もともとポップ・ミュージックそのものだ。ただ、そのポップさ、ポピュラリティー（普遍性）は、甘い楽曲を個性的な音楽性で、生き生きとした生命を吹き込んだことにある。ロック・ミュージックと言うジャンルを確立したのが、ビートルズがだった。ビートルズは、今ではローリング・ストーンズの様に〈くろうと〉向け、マニア向けのバンドとは、恐らく誰も思わない。しかし、60年代にビートルズこそロックにアバンギャルドな要素を最初に持ち込んだ、バンドでもあったのだ。

　　

　当初のジョージ・ハリスのインドへの情熱からインド音楽を採り入れた楽曲は、同時代の聴衆には、とても前衛的な楽曲に聞こえたのだった。ビートルズは、ボブ・ディランの社会性の強いアメリカのフォークにも影響される。ボブ・ディランのルーツには、フォーク（プロテスト）ソングやカントリー・ブルースなどアメリカの底流に堆積していた、様々な国にルーツに持つ人々の歌があった。60年代後半になると、ビートルズの勢いに押され、アメリカのローカルなバンドも、聴かれる様になって行く。クリーデンスとかドアーズなど西海岸のバンドがだ。英国と行ってもビートルズの生まれた町が、世界中から人が行き来する港町、リバプールだったことは、必然性があったのだ。

　そんなビートルズのカバーを、The Beatles and INDIAで聴くと、現代インドのミュージシャンは、完全に現代のポップ・サウンドとして演奏している。もともとポップな曲が更に軽くなって聞こえる。The Inner Light やLove You Toなど、オリジナルでもインドのミュージシャンが参加した曲は、同じ様にインド音楽のテイストが残されていながら、オリジナルより更に軽く、インド音楽は装飾的に聞こえる。思うにそれは、このCDに参加したミュージシャン達がロンドンや欧米で演奏しているインド系ミュージシャンと言うこともある様に思う。

　インド音楽の再現に就いても、確かにシタール、サロードやバーンスリー（インドの横笛でバンブー・フルートと呼ばれている）など自在に演奏している。エレクトリック・ギターなどは、60年代～70年代のトーンに比べて、高音域を重視する音作りをしている。タブラとドラムスに、更にシンセサイザーやタブラ・ボックスなどの音を加えて、サウンドをブライトにしているなど、如何にも現代のポップな味付けだ。この辺のアレンジは、ダンス音楽の好きなインド人の性格が出ているのかもしれない。多分、ロンドンのインド系クラブ・ミュージックのテイストに違い無い。言うまでもないが、現代のインドの若者が好んで聴いている音楽は、ラヴィ・シャンカルの様な北インドの古典音楽では無いのだ。

　もともと、ラヴィ・シャンカルの音楽は、インドでは一般民衆が好んで聴く音楽ではない。日本の若者達も、先ずJ・ポップやK・ポップを聴く。インドの若者は、インドのダンサブルなインド・ポップスを聴いている。彼らは、ビートルズをはじめ欧米のロックは、聴いてはいないはずだ。ビートルズやストーンズ、或いはクリーデンスだとかドアーズなど、既に歴史的な存在で、年寄りの音楽になっているのだ。

　インド人ミュージシャンのカバーを聴くと、かつてビートルズが、ラヴィ・シャンカルのインド音楽に感じたアバンギャルドな感覚と言っても、それは遠い過去のことだと分かる。若者が聴く現代インドの音楽は、北インドの古典音楽ではなく、ましてやアヴァンギャルドな音楽では、最早全くない。どこの国の若者も喜んで聴く音楽は、現在を映すポップな音楽と言うことなのだ。今活躍しているミュージシャンがビートルズを唄うからには、現在の感覚に合わせて、ポップに表現するのは必然だ。調度、現在のJ・ポップやK・ポップの様に。そして、インド人には、インディアン・ポップがあるのだ。

　六十年代半ばのビートルズと現代のインド人ミュージシャンが聴くインド音楽は、決して同じじゃ無い。おれが八十年代にインドで食べたカリーと、今インド人が食しているカレーは同じ味じゃないのと同様に。現在のインドで食されているカリーは、スパイスの効き方まで、とてもマイルドになっているのだ。

　音楽以上に食べものは、本来は変化し難いと言われるが、インド人の嗜好が半世紀の経過で日本人にも許容可能に変化したことを思えば、インド音楽が日本や韓国などアジアの都市と、そんなに変わらないポップな音楽に変貌していても、おかしくは無いと言うことになる。

　長らくインドは、英国の植民地で、多くのインド人は英国や南アフリカ、アジアの国々に移住して、そこでインド人コミュニティーを形成していた。「華僑」をもじって「印僑」と言うことばもある様に、インド人の海外移住や出稼ぎは、現在恐らく中国人とそう変わらない程度に多い。今や東京にまで、リトル・インディアがあることは、ご存じだろう。

　日本人女性と出会ったジョンは、最後のアルバムLet it Be収録のAcross The Universeの歌詞に‘ジャイ　グル　デーヴァ’と言うリフレーンを入れる。ヒンディー語で‘ジャイ’は「いや榮」と言う謂いだし、‘グル’は「師」のことで、多分最初は、マハリシ・マヘーシを指していたのかもしれない。‘デーヴァ’は、インドで神さまのことだ。

　90年代末、デリーでのことだ。コンノート・プレースで、アメリカのカントリー曲を聴いた。ドリー・パートンのI Will Always Love Youだった。この曲は、もとはカントリー調のスローな曲だったが、90年代はじめにホイットニー・ヒューストンが彼女の主演する映画の主題歌としてカバーして、一躍世界的に知られた楽曲だ。

　インドの伝統的な歌唱法は、男性は、日本の民謡歌手の様に、渋い声で高らかに歌い、女性は高音を利かせて、これまたキンキン歌う。インド式I Will Always Love Youには、調度そんなインド大衆歌謡のローカルな、そして些か土臭さが感じられないでもない感覚に、おれは、インドの歌謡の伝統の深さを感じて、感心したことがあったのだ。

　ところでThe Beatles and INDIAにも収録されているSexy Sadieと言う曲がある。おれは昔からこのSadieが、誰かの名前なのか、別の意味があるのか疑問に思って来た。前から思っていたのだが、Sadieとは、聖地を渡り歩く行者をインドでは‘サドゥー’と呼んでいる。そのインドの「行者」を指す‘サドゥー’が、間違って表記され、そのまま広まってしまったと思うのだが、いかがだろう。ビートルズが大挙して訪れたのは、リシケシにあるマハリシ・マヘーシのアシュラムと言われている。
　アシュラムの庭で、クルタ・パジャマ姿のジョンとポールがギターで曲を練っている写真も知られている。そこで、マハリシがビートルズと共に訪れていた女性に、性的な欲望を抱いたことは、今やよく知られている。それで、ビートルズの4人は、すっかりマハリシに幻滅したのだ。マハリシは、ただのヨガ指導者で聖人でも何でも無い。まして、ヒンドゥーの聖者でもなく、ただの俗物だった。60年代後半～70年代、欧米では仏教や禅をはじめヨーガなど精神世界への関心がブーム的に高まった。ロサンジェルス辺りには、ヨーガ・スクールも多数店開きし、多くの若者が集まった。〈看板インスト〉にインド人が引く手あまただったことは、例えば、当時のカルフォルニアのピッピー・カルチャーを皮肉った『キャンディー』と言う、笑えない映画があり、それを観ると分かる。

　『キャンディー』は、『イージー・ライダー』の作者テリー・サザーンの小説が原作で、無垢な少女が性の遍歴をするテーマで、この「キャンディー」とは、ヴォルテールの『カンディード』から来ているのだった。その映画には、マーロン・ブランドが演じたヨーガの行者が、白人の女性を求めてトレーラーで各地を行くシーンがあって、インド人の俄ヨーギを皮肉っていた。
　インデックスに戻る